【男子バスケットボール】【新春特別企画】青学OB・サンロッカーズ渋谷 広瀬健太氏インタビュー!

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青山キャンパス内に位置する青山学院記念館は、日本で唯一プロバスケットボール・Bリーグのホームゲームアリーナとして使用されている大学体育館だ。
今回はその青山学院記念館をホームに戦うサンロッカーズ渋谷に所属する青学大OB 広瀬健太氏(08年国政卒)を直撃!大学時代の思い出や母校で戦うプロ生活について語ってもらった。

島根から青学へ、「決死の覚悟」で進学

練習後、取材に応じてくれた広瀬氏


―入学前の青学大の印象は?

僕が中学生のころにその当時青学が強くて、バスケットボールの雑誌に青学の特集が載っていたんですよ。それを父親と見ていて、父親が「将来お前も青学でバスケとかしてみたらいいんじゃないか。青学だったら授業の方もしっかり勉強できるし」って言う話をしていて。その印象があって高校2年生か3年生の時に青学から「バスケ部に入らないか?」って言うお話があって。それが嬉しかったというか、当時は2部でトップではなかったんですけど、中学生の時にリーグ戦優勝してインカレも優勝して3冠取ったイメージがあったので、「強いチームから誘いを受けたな」っていうのは覚えています。

―入学後、その印象は変わりましたか?

もともと(推薦を)取る人数が限られているのと、少数でやっているチームっていうのは知っていましたし、練習も(全国)1,2を争う厳しさっていうのも聞いていて、ある程度覚悟を持って入部しました。ものすごくきつかったんですけど、練習が。先輩もすごく上手な人ばっかりで。決死の覚悟で(島根から)東京に出てきたんで、1年間ものすごく長く感じたんですけど、諦めたり、辞めようかなっていう気にはならずに、きつかったっていう思い出がありますね。

―“日本一厳しい”と言われる青学大の練習で印象に残っているエピソードはありますか?

大学1年生の時にちょこちょこ試合に使ってもらっていたんですけど、2年生になってプレー時間が減って、どうにかしないといけないっていうのがあって。その時に、吉本(完明)トレーナーに相談をして「お前は下半身が弱いから鍛えなおした方がいい」と、練習が休みの日に体育館に行って吉本さんにトレーニングを見てもらうというのをある期間続けていて、休みなしでやっていて。その時の土台があって今があるんだなというのはすごく思います。みんなが休んでいる日に体育館に行って吉本さんに見てもらいながらトレーニングをやったのがすごくよかったですね。日々の練習もきつかったんですけど、こうして自分だけ見てもらえたのがよかったですね。

―青学大の安定した強さの陰には吉本さんの存在があったんですね

あの人がすっごいスパルタなんですけど、愛があるというか。「選手を鍛えてやる」っていう気持ちがあるので。逆に吉本さんに目をかけてもらえる方が、きついんですけど見込みはあるんだなっていうように思っています。

―ちなみに当時のオフの過ごし方は?

島根県出身で田舎から出てきたんで、とにかく渋谷が好きで楽しかったですね。何かしら渋谷にいる、買い物したりとかご飯食べたりとか飲みに行ったり、とりあえず渋谷にいました(笑)

―学校ではどんなキャンパスライフを?

ほぼバスケットが中心なので、いわゆるキャンパスライフみたいなみんなのやっているようなキャンパスライフはなかったんですけど、ゼミの仲間とは仲が良くて、最後にゼミのみんなで旅行に行ったりしました。あと、ゼミにいた陸上部の駅伝のキャプテンと仲が良かったので、駅伝部ってすごいストイックで現役中は全くお酒飲まなかったんですけど、引退して2人でバスケ部のキャプテンと駅伝部のキャプテンで話をしたりとか、そういうのが楽しかったですね。

―青山キャンパス、相模原キャンパスの近くに行きつけの店はありましたか?

相模原の方は、(駅からの)途中に焼き鳥屋があって、よく何人かで行っていましたね。5時までに入るとビール半額とかで、練習終わって、次の日がオフだと4時50分くらいに入ってビールを2杯くらい飲んだりしていましたね。(笑)

青山キャンパスの方では、バスケ部が代々バイトしている店があって、そこでバイトをしていたので、休みの日もそこに行ったりバイトをしたりしていました。

―ちなみに大学時代アオスポが取材していたのを覚えていますか?

多分してもらったと思います。インカレ優勝した時とか、ちょっとでも(昔の話で)どんな話をしたかは覚えてないです。

数々のタイトルを獲得!広瀬氏と大学バスケ
―4年時のインカレで優勝し、MVPを受賞。どんな大会でしたか?

1つ上の世代がゴールデンエイジって言われていて、その人たちがポンって抜けたんですよ。それでチャンスじゃないですけどどこが勝つかわからない状態でスタートして、春も優勝できるだろうと思っていたら1回戦で負けちゃって。で、リーグ戦は優勝して。インカレに行ったんですけど、春優勝したのが2部のチームだったんですよ。だから1部のリーグ戦にはいなくて、でもそのチームが1番強いって言われていて。準決勝で当たる組み合わせで。

僕らは(リーグ戦)優勝しているんで、他のチームも対策を練ってきている中で簡単になかなかいけなかったんですけど、試合をやるごとにチームの結束が強くなっていって、準決勝に山が来て。そこも自分たちのバスケをできて勝って。決勝は新人戦で負けた法政大学で、そこはきれいに勝てなかったんですけどなんとか自分たちが4年間積み上げてきあものが最後に出たのかなと思います。プロと違って4年生が中心になるので試合に出ていなくても。その時に優勝させてもらったのはチームメイトとか後輩に救ってもらったな、というのはありますね。

―リーグ戦2回、インカレ1回優勝を経験して「勝つときの雰囲気」はある?

1回目リーグ優勝は2年生で主力じゃなかったんですけど、その時の4年生は集中力がすごかったというか。下級生の時はわがままだった先輩がリーダーシップを取ったり、自己犠牲のところを出してくることがあったので、4年生がどうやって引っ張れるかが学生スポーツでは大事なんじゃないかなと思いました。4年生がチームをまとめる力があるかだと思います。

―青学で代が被る選手とBリーグで対戦する際は意識されますか?

ほとんどしないですね。今、僕より先輩も数えるくらいになって、基本的に後輩、かぶってなくても後輩が居るんですけど、青学って結構試合前にあいさつに来てくれるんですよ。初対面だったら「○○年卒業の××です」って自己紹介もしてくれるんですけど。青学のみんなっていうのは派手なプレーはしないけどチームに必要不可欠な選手が多いなっていうのは感じますね。対戦相手だと嫌らしい奴が多いなっていうのは感じます。

母校・青学記念館を舞台に!広瀬氏のプロ生活

昨年11月にけがから7ヶ月ぶりに復帰した広瀬氏。ファンからは大きな声援が送られた(写真提供=サンロッカーズ渋谷) 

―サンロッカーズのホームが記念館になった時の気持ちは?

またあそこでやるのか、と(笑) 正直苦しい思い出が多かったので、またあそこかよと思いました。

―今のホームとしての記念館はいかがですか?

4年目になって大学時代の思い出よりもサンロッカーズのホームアリーナとしての思いの方が強くなった感じはしますね。

演出とかも色々変わって、観客席も学生時代と違ったりするので。

―ホームゲームの日のルーティンはありますか?

今はけがから復帰してから1カ月ちょっとなんですけど、まだひざの状態が100%ではないのでみんなより早く入って、ひざのストレッチとかをやるので、まずそれがスタートですね。みんなより30分前に入って。

そのあとに、自分がやることをやって、シューティングをして、ストレングスのコーチの方と体の筋肉のところを刺激をして、補食のゼリーを食べて、ミーティングをして、チームのウォーミングアップに入るっていうのがルーティンですね。

―ひざのケア以外はずっと同じものを?

そうですね。ひざ以外のところはけがする前と変わっていないです。

 ―11月にひざのけがから7ヶ月ぶりに戦列復帰。その時の記念館の声援はどう響きましたか?

急に復帰したんですけど、しかも土曜日じゃなくて日曜日で、それでもファンの人がボード作ってくれてたり、「おかえり」とかの声援、声を掛けてくれて、ゾクゾクと鳥肌が立つというか感動しましたね。

(試合中に)あんまりボードとかを見すぎちゃうと感動しちゃって感情的になりすぎちゃうので、試合終わった後に感謝の気持ちを感じました。見ちゃうとそっちの方に持ってかれちゃうなってくらい嬉しかったです。

―やはり、プロ冥利に尽きる?

あれだけ応援してもらって、「おかえり」って思われるなんて、嬉しかったですね。

「言ってもらえるだろうな」っていうのはありましたけど、あれだけしてもらえるのは嬉しかったです。

―けがをしている間、ホームゲームを違う角度から見て変わったものはありますか?

けがをする前から感じていたんですけど、僕らがプレーをさせてもらえるのは設営してくれる人がいる、チケットを売って、買ってくれる人がいる、会場を運営して演出してくれる人がいるっていうのは分かってたことなんですけど、より一層来た人に楽しんでもらうためにああいう(選手の)ボードがあったり、ファンの人が来て会場を盛り上げてくれていたりとか。

自分たちだけでやっているんじゃなくて、色々な人に支えてもらって、Bリーグの試合が青学の記念館でできているんだなっていうのは再確認しました。

―3月から長く続いたリハビリの時のモチベーションは?

「あんまり気を落とさないで」とか言われたんで、けがした瞬間はすごくショックだったんですけど、34歳になってまた新しいチャレンジができる、今までこんな大きいけがをしたことがなくて、そんなけがからベテランと言われている歳で復帰にチャレンジできるっていう事に対するモチベーションがあったので。

そこで、復帰をして前以上の活躍をしてやっぱり「年齢とかじゃないんだな」というのをみんなに見せたかった。復活していくストーリーを自分で想像して、それがすごくチャレンジしがいのあることだなというのがあったので。

そんな日々の積み重ねがここ(復帰)につながるのは分かっていたんで、そう考えるだけでやれる気がしていて、リハビリ自体は苦しかったんですけど、毎日新しいことができるようになってそれ自体が楽しかったり、自分が思い描いたストーリーに乗っていっていたので、それ(チャレンジ)がモチベーションでした。

結局バスケを見に来てくれた人に元気になって帰ってもらいたいっていうのを思っているんで、「けがから復活した」とか「困難を乗り越えた」人の方が周りの人のエネルギーになると思うんで、そういう逆にエネルギーを与えるチャンスをもらったんだな、という風に思いました。

―今年の青学大の4年生もいよいよBリーグの舞台に、先輩としてアドバイスをお願いします

僕以外にも青学で活躍しているOBは沢山いるので…僕からいう事はないですけど

絶対変化はすると思うんで、その変化にどう対応していくかだと思います。自分が大事にしていることは持ちながら、周りのバスケットが変わったり環境が変わったりすることに対応して、固定観念にとらわれすぎないように、新しいことにチャレンジすればいいんじゃないかと思います。

―ちなみにご自身が体感した変化は?

もちろん大学時代とプロに入ってからだと、ポジションが変わりましたし、あとはバスケット自体のスタイルが年々変わっていく。監督が代わればバスケットも変わるっていうのはあるので、それに自分の大事なものというのはある程度残しながら、ある程度変わっていかないといけない。例えば、3ポイントを打たなかったけど、チームに求められたら打たないといけないし、というのはあるので。

オフェンスばっかりしていているの(選手)がディフェンスもやらないといけないし、「自分はこれが武器だからこれしかやりません」っていうのだともったいない、自分の可能性を狭めちゃうな、と思いますね。

―今年のサンロッカーズはメンバーが大幅に入れ替わり、上位争い(現在東地区3位)を繰り広げていますがどんな要因がありますか?

去年までチームの柱だったロバート・サクレが引退し不安な部分もありましたが、新しくセバスチャン・サイズとチャールズ・ジャクソンという若くてエネルギッシュな外国籍選手が2人入ってきてチームにエネルギーが出た、というのが1つ。あとは移籍してきた選手を含めて全員が同じ共通理解を持ってバスケットに取り組んでいる、というのがチームとしていい方向に向かっている要因だと思います。

ディフェンスを徹底的に激しくやる、というのは元々うちが目指していたスタイルで、それを一番だという風にチームとして決めているので、そこに対しての共通認識が全員あるから、ディフェンスからオフェンスに向けての激しさが出ていると思います。

―最後に、今シーズンの目標、意気込みをお願いします!

今年(サンロッカーズは)Bリーグの台風の目って言われているんですけど、自分達としては実力をただ発揮しているだけであって、意外なサプライズチームではない、というのをリーグにもファンの人にも他のチームにも知らしめていきたい、というのがあります。

僕らが目指しているのはただ、リーグを荒らすのではなく結果を求めていきたいと思うので、それに向けて、正直今は体力的にもメンタル的にも連戦が続いてきつい時期なんですけど、それをしっかりチーム全員で乗り越えて、タフな激しいゲームをして、タフなメンタルを持って残りの全部の試合負けないようにやっていきたいと思います。

ありがとうございました!
(聞き手・竹石季緒)

サンロッカーズ渋谷のホームゲームを観に行こう!
青山学位記念館での次戦は2月1・2日(土・日)の琉球ゴールデンキングス戦です!

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