【パワーリフティング】【パワーリフティング】日本チャンピオン、高校の恩師と夢の対談

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8月23日(木)於・春日部共栄高等学校

今や日本の学生パワーリフティング界を代表する青学大。部活を牽引するのが主将の佐竹優介とクールなエース・木内陽介だ。2人は出身高校が同じということで、彼らの母校である春日部共栄高等学校にて、当時の彼らを指導し、現在も同校パワーリフティング部の顧問を務める冨塚直志先生を交えて対談を行った。


左から佐竹、冨塚先生、木内


冨塚直志先生
出身大学は日本大学。新卒後、春日部共栄高等学校へ赴任し今年で勤続35年。現在は中学、高校で国語を教えているほか、中学主任とパワーリフティングの顧問も務めている。高校生時の佐竹選手・木内選手を指導し、彼らを日本はおろか、世界で活躍する選手へと導いた。以下、「先生」と表記する。

以下、対談内容

ー冨塚先生はどんな先生でしたか?
佐竹:
のびのびとやらせてもらって、良いところを伸ばしてくれる先生だったなと思います。

木内:
一緒にトレーニングをしたりして、生徒に近い目線で接してもらえたので、すごく接しやすく、自由にやらせてくれるっていうのもありました。しかし、基礎的な部分や、要所要所のところで、こういう風にした方が良いといったアドバイスをしていただきました。

先生:
ありがとうございます(笑)一緒にトレーニングするトレーニングパートナーのようなイメージではあったかな。そんな話を聞いていろんな思い出があるんですけど、2人が初めて全日本選手権に出たんですね。富山県まで行っての大会だったんですけど、木内がたまたま3位になっちゃって最後の表彰式に出なきゃいけないことになって。それで帰着がかなり遅くなって、埼玉の自宅に着いたのが夜中の1時2時とかで。それでも翌日の県大会で試合に出て、でも2人とも優勝して(笑)

佐竹:
睡眠時間1時間くらいでしたね。(笑)

木内:
その県大会の計量時、体重が足りなくて急いでペットボトル買ってきてがぶがぶ飲んだな(笑)

先生:今考えると乱暴だったね(笑)

ー冨塚先生から見た2人について
冨塚先生:
佐竹は努力型で木内は天才型。佐竹は究極の負けず嫌いだと思います。対象の相手というよりは理想の自分、今日の試合はこれを上げるべき、そういった自分の中のイメージに対して一番貪欲。だから優勝してもすごい腹が立って不機嫌になる試合もあると思う。だってそれは自分の理想と今日の自分が違うから。そういう意味で貪欲、努力に貪欲だと思います。それに対して木内は寛容だと思う。結果は結果。(極端に言えば)負けて悔しがるわけでもないし、勝って号泣しまくるということもない。言ってみれば非常に現実を受け入れている、そういう寛容さがあるかな。

ー高校時代に印象に残る試合はありますか

木内:
高校2年生の時に出場した世界サブジュニア選手権大会ですね。初めて世界大会に出て、全然自分より上の人がいることを知った。その世界選手権で3位を取ったにもかかわらず、1位と2位のトータルが同重量で、その差が110㌔くらいあった。3位だったのにそんなにも差があった。これがめちゃめちゃ悔しくて、格の違いを見せつけられた。ロシアとウクライナの選手だったね。

佐竹:
俺も世界選手権かな。そこで二人そろってボコられた(笑)

木内:上には上がいて

佐竹:世界は広いな~

木内:
そんな感じで日本に帰ってきて、そういう風に強い人もいるわけだから人間そこまで上に行けると思いました。だから次出るときは絶対1位になってやると思って、そこから一気に記録が伸び始めたかな。ちなみに一年後の世界サブジュニアに出て2人とも優勝しました。

先生:
世界チャンピオン2人が同時に同じ高校で、しかも日本が二階級取って帰ってきたっていうのが、言ってみればパワーリフティングの歴史を塗り替えたみたいな感じで、それはすごいことだなと思いましたね。

ー体罰や日大アメフト部・チア部の問題など、競技指導における課題は

先生:
100人いたら100通りのやり方をしなければならない。でもそういうことは今の日本にない。指導の個別化が理想だが、それをやり切れていないのが現実ですね。オーストラリアのシドニーにあるスポーツ学校とかは、学校の教員は必ずしも競技の指導者ではないんですよね。その競技を指導する資格を持った人間が放課後に指導員としてくるんですね。例えば数学を教える先生がサッカーを教える資格を持っていれば放課後のサッカー部を指導している。こういう風に学校教育からスポーツが切り離されている。これと同じように、ゆくゆくは日本も教育と部活が独立してくるのではないかと思います。スポーツ指導は難しいですね。

 

ー大学スポーツと高校スポーツの違いは?
佐竹:
自主性が求められるところですね。大会のエントリーや普段の練習とかでも自分達から進んで動いています。学生主体かな。

木内:
大学に入ってから思うのは、自主性もそうだし、より専門的な知識が入ってくるということ。練習内容を実際に数値で明記して、改善すべきところを見つけるなどを大学生になってから行っている。高校までは漠然と練習していたが、今は何でも調べて練習を行っています。

ー冨塚先生に伝えたいことはありますか
佐竹:
今後ともよろしくお願いします。(笑)…
っていうのは冗談で。春日部共栄のパワーリフティング部が創部30周年を迎えたが、これからも40、50周年と長く、そして監督と言えば冨塚先生、という関係がこれからも続いていけば嬉しいです。

木内:
とても感謝していますし、これからもよろしくお願いします。

ー最後に、冨塚先生から二人へ
先生:
学生は、学生をさせてもらっている。それは親であったり社会であったり。といううえで好きなことを好きなだけやらせてもらっているという幸せを享受していると思うんですよ。しかし、今度は社会人として、どんな社会貢献をできるのか、ということを考えながら、周りに元気を与えられる人になってほしいなと思います。

対談後、春日部共栄高校、現・パワーリフティング部の練習場にお邪魔させていただいた。

(冷暖房完備の練習場)


佐竹が高校3年生時に世界ジュニア選手権で優勝し、地元の新聞に掲載された。その記事が今でも練習場に飾ってある。


棚に納まりきらない盾とトロフィーの数