【レスリング】【レスリング】2018シーズン終了。4年生引退インタビュー

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12月20~23日に行われた天皇杯全日本選手権を終え、今年度の戦いが幕を閉じた。それに伴い、一年間チームを引っ張ってきた4年生が正式に引退となる。
天皇杯最終日に会場に来ていた5人の4年生に、引退を迎えた今の心境を聞いた。

(取材=長尾凜・下地早穂子)

 


(駒沢オリンピック公園内にて。後列左から、竹之内主将、中山、阿部、前列左から、大山、藤田)

 

竹之内岳主将(済4)
-どんな思いで青学大に入学したか
青学大なら文武両道できるかなという思いで入って、レスリングは大学までと最初から決めていたので、社会人になっていい企業に入れればなと思って入りました。高校の最高成績が全国ベスト8だったので、全国の表彰台に上がりたいなという思いで青学に入りました。
-どんな4年間だったか
僕が入学したときに入れ替わりで卒業した松田さんがコーチに就任して、同じ階級でずっとスパーリングもやってもらっていろんなことを教えてもらって、松田さんと練習したから全国3番に行けて、松田コーチに感謝してますね。
-つらかったこと、うれしかったこと
4年生はすごく個性が強くて、全員が後輩を引っ張っていくタイプではなかったので、最後までまとまりのあるチームだったかと言うとそうでもなくて、そこが一番つらかったことです。
その中でもうれしかったこととしては、後輩が練習面でも私生活面でも、仲良くしてくれてしっかりついてきてくれて、練習終わって飲みに行ったり休みの日でも会って、言うこと聞いてくれたという訳ではないんですけど、しっかり付いてきてくれたのは、キャプテンとしてやってきてよかったなと思う点でしたね。あとは同期が個性は強いけど結局仲がいいので、楽しい4年間になったかなと思います。
-レスリング人生を振り返って
中学校までは柔道をやっていたんですけど、柔道をそのまま続けていたら出会わなかった人たちもいたり、全国大会に出させてもらったりいろんな経験をさせてもらって、結果としてレスリングを選んですごくよかったなと思います。頭のいい青学にも入れましたし、結果として自分の望む企業にも行くことができました。もう一度高校の時に進路選択する時でもまたこの道を選ぶだろうなというくらい、後悔のないレスリング人生だったと思います。
-後輩たちへメッセージ
今年度はフリースタイルの選手が少なかったのでリーグ戦もそこまで万全に戦うことはできなかったんですけど、来年度はフリースタイルも充実してるので、ほぼ全階級が揃うと思うので、リーグ戦は8位以内を目指してほしい。僕がいた4年間で一回もなることがなかったので。そして全グレ、内閣は、僕がいた時の最高が5位だったので、それ以上の成績を収めてくれたら。
あとはビールをたくさん飲んで、楽しくやりきってほしいです!

阿部結太(総4)
-どんな思いで青学大に入学したか
自分の2個上の高校の先輩、守部さんが入ってて、環境的にも東京の大学の方が自分のためにも競技を続けるのはいいかなと思って選びました。高校のはほとんどフリーしかなくてグレコはあまりないんですけど、入学前から大学ではグレコやるって決めてたので、その強い指導者がいるっていうことで、とりあえず強くなりたいなという思いで入りました。
僕のレスリングが投げ主体のスタイルで、足を触られないグレコだとそれが生かせるので、高校の監督にもそう言われててグレコを選びました。
小学校は柔道、中学校は吹奏楽部で、高校でレスリングを始めました。中学時代はスポーツはほとんどやってなくて、ずっと楽器吹いてました(笑)。
-4年間を振り返って
実際に入学したら自分の高校時代の練習が周りのレベルと全然違いすぎて、大学入ったら全然体が付いていけなくてケガばっかりだったんですよ。ずっとケガで、なんなら今でもケガしてるし。
練習できない期間が一年とかあって、試合も全然出られなくて勝てなかったんですけど、最終的にはこうやって勝てて全日本にも出られたから結果的にはいいのかな。最初の目標もクリアは出来てるのかな?と、自分の中では強くなったかなと思います。
-全日本での一勝は
でかいっすね。今まで経験したことなかったので、でも逆にまた勝ちたいなという欲が出ました。ここで終われないっす、まだ。
-競技は続ける?
来年まだいるので、僕留年するので(笑)。学生には出られないけど、明治杯の出場権は持ってるので、それに向けてとりあえず練習して、手術も延期して頑張ります。明治杯まではやります。
-今後の目標
もっとうまく、技を極めて、とりあえず次は2勝。明治杯で2勝。
-後輩たちへメッセージ
今考えると4年間短かったので、とりあえずやれる時にやれることはすべてやっておいた方がいいかなと思います。後悔のないように!

大山允長(営4)
―レスリングを始めたきっかけ
中学校まで、これといって何かに打ち込んでいたわけでもなく惰性のように生きていたんですけど、お父さんが日体大のレスリング部出身で、その兼ね合いで、日本一レスリングが強いと言われている茨城県の霞ヶ浦高校に勧められて、進学しました。そして、その時自分も「頑張る俺、かっけー」みたいなのにあこがれていて、自分も全国優勝してみたいと思ったのが始めたきっかけです。まあそっから地獄を見ましたけど、いろいろ…(笑)
―7年間のレスリング人生を振り返って
レスリングをやっていて救われたこともあったんですけど、おろそかにしちゃった所もあって、最後はほんとにひどい終わり方をしてしまいました。高校生の時は体力面もそうですけど、精神的に一番強くなれた場所でもありました。そして、大学に入って、ただ練習しているだけではだめで、自分で考えてやらなきゃいけないなということを知りました。レスリングをやっていて、レスリング関係の人間関係だったり、社会に出て揉まれても最後までやり遂げる精神を学べた場でした。なので、最後の1年間は本当に監督やコーチ、そして何よりレスリングを始めるきっかけをくれた親に申しわけないんですけど、これから7年間で培った精神面や礼儀、礼節を社会で活かせていけたらいいなと思います。
―4年生になって心の変化があったか
僕は大学2年生まで80㌔あって、その時は全日本学生選手権で準優勝できたりだとか、一番結果を残せました。みんなからの期待も大きかったですね。でも、将来の夢がプロレスラーだったんです。なので、体も大きくして体重も増やさなければいけなかったんですけど、身長が足りなくて、諦めてしまったんですよ。そして、この諦めた瞬間にひどい体だなと思って、最初は少し絞ってみようと思ったんですけど、やっていくうちに自分の変わっていく体にみとれるではないですけど(笑)、そっちのほうに走っちゃって…。でも、やっぱり脂肪が無いと勝てないんですよ。体脂肪率3%までいっちゃって、土壇場で力も出せないですし、話にならなかったです。昨年度の全日本では運よく3位にはなれたんですけど、やっぱり今年は限界がきてしまいました。まあ色気づいた、かっこつけているとか言われていました。でも、気づいたときには遅かったですね。確かに後半の大学生活は楽しかったですけど、時期が違ったなと思います。
―レスリング人生で一番の思い出
やっぱりインカレで準優勝したことですね。大学2年生の4月にJOCがあるんですけど、それに向けて本当に真剣に打ち込んでいて、でも肩を痛めてしまって、欠場しちゃったんです。そしたら、雄大だとか他の同期も優勝したりして、そこと比較されて悔しい思いをしたんですけど、とにかく勝つために一生懸命練習して、新人生で準優勝して、2か月後のインカレで準々決勝で第一シードの選手に当たりました。みんな僕のこと負けると思っていたんですけど、これまでの練習の成果が発揮して、4-4の同点だったんですけど、ビックポイントで勝って、金星をあげました。準決勝もフリースタイルのアジア大会の銀メダリストに勝って、決勝は今年の67㌔級の全日本チャンピオンだったんですけど、首投げ一発決めたりとか一矢報いることができて、その時はみんな僕の見方が変わっていました。でも逆に今年はどんどん負けちゃって、また見方が変わったというか…。ほんとに僕は異例の選手です(笑)。
―波もありながら、濃い4年間だったんですね
自業自得です。でも、このままでは終わらへんぞ!ということで、野望はあります。体がいい感じなので、ナルシストになってきちゃって、青学大の中では体のきれは一番いいと思っています。なので、これからは、レスリングも続けるんですけど、今度は体を見せるフィジークとか新しい舞台に挑戦しようかなと思っています。この4年間は中途半端にしてしまって、ここに居ていいのかなと思ったりもして自分自身もつらかった時期あったんですけど、ここまできたら吹っ切れて、来年から見返してやろうかなと、このままでは終わらないとここで伝えたいなと思います。
―後輩へメッセージ
今年は結果も出せずに4年生として不甲斐なかったですけど、僕でよければ体づくりの面や単位のとり方だったり、僕は人と話すのが好きで、得意だと思っているので、人付き合いなども教えていきたいなと思います。あと、4年生は途中で抜けちゃった人もいて、そろわなかったんですけど、後輩たちはみんなで切磋琢磨してチームを向上させて、仲良くやってほしいということを伝えたいですね。

中山理希(英4)
-4年間を振り返って
これがレスリングかって感じでしたね。興味本意で始めたんですけど。
-レスリングはいつから?
大学入ってからです。 もともとプロレスが好きで、応援してる選手がレスリング出身の人が多かったので興味が湧いて始めました。 青学にもレスリング部があったから入ったって感じですね。
-4年間のレスリング人生で一番の思い出
入部当初は懸垂ができなかったんですけど、それが驚くほどにできるようになっていたのが印象深いところですかね。それだけ強くなれたんだと思います。
-逆につらかったことは
そうですね、レスリングはコンタクトスポーツなので、相手の気持ちがダイレクトに伝わってきます。なので、苦手な相手と対戦するときはつらかったですね。
-今後について
今後は競技は続けないですが、ちょこちょこ練習には顔出そうと思っています
-レスリングを通して学べたこと
今までスポーツをやったことはなかったんですけど、初めてレスリングに本格的に取り組んだことで精神的に鍛えられたことは多かったと思うので、その粘り強さとかは社会に出ても活かせていけたらいいなと思います。
-後輩たちへメッセージ
とにかく仲良く楽しくやってください!

藤田雄大(マ4)
-どんな思いで青学大に入学したか
一番最初に青学がいいなと思ったのはやっぱり長谷川さんがオリンピックに出てて、青山学院って頭がいいというか、勉強も大変なところというのはわかっていたので、勉強とレスリングを両立したいなと思って入りました。
-4年間を振り返って
僕は3年の時に少し離れた時期があって、そういう苦しい時期もあったからこそ4年間すごい濃く感じる、充実したものがあったと思うので、よかったと思います。
-つらかったこと、うれしかったこと
一番つらかったのは3年の競技から離れた時期で、ケガがあって3ヶ月くらい練習にも出ていなかった時です。
うれしかったことは2年生でインカレ優勝した時。一番最初の目標だったので、めちゃくちゃうれしかったですね。
-今後の目標
自衛隊のレスリングチームに入って続けることが決まっているので、61㌔級が非オリンピック階級なので57㌔級を視野に入れて、(今大会57㌔級優勝の)高橋侑希さん(ALSOK)を目標にして、追い越したいと思ってます。2020年の東京オリンピックを目指します。
-後輩たちへメッセージ
振り返ってみるとあっという間なので、悔いの残らないように全力で頑張ってほしいです。

 

(4年生のみなさん、本当にお疲れ様でした!この先も、それぞれの道でのご活躍を祈ってます。 青スポレスリング班)