【陸上競技】【陸上競技】箱根駅伝を終えた選手たちが語ったこととは

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第95回東京箱根間往復大学駅伝競走報告会 1月3日 於・アイビーホール青学会館

 

箱根駅伝のゴールテープを切った4時間後、アイビーホールで報告会が行われた。選手らを会に集まった人々が盛大な拍手で迎え、箱根駅伝での力走を労った。

原監督と箱根駅伝を走った10人の選手が2日間を振り返って語ったこととは。

 

原晋監督

―この箱根で卒業となる4年生に向けて

感謝したい。本当に感謝したい。私自身も成長させてもらった学年です。本当に「青山メソッド」「原メソッド」を体系化させて作り上げたモデルケースですね。彼たちの存在は大きかったです。正しいトレーニングを正しくやっていけば成長するという方程式を出させてもらったんだけど、それの申し子的な存在なので本当に感謝しています。

―来年度以降の次の戦いに向けて

大学スポーツは常に勝つ訳ではないので、そのプロセス、計画力であったり、分析力であったり、コミュニケーション能力であったり、突破力であったり、あきらめない力であったり、そういったものを箱根駅伝を通じて学生たちに学ばせていきたい、続けていきたいです。その中で箱根駅伝優勝できたらこの上ない喜びです。

 

1区     橋詰大慧選手(史4)

ー大事な先頭、どのようなレースプランを練っていましたか

とりあえず東洋大と離されないようにということを考えていました。

ーいつも通り集団の後方につけるレースでしたが

結果的にスローペースのレースになったので良かったかなと思います。ハイペースになると後ろにいた時に不利になりますが、ゆっくりだったのでいい位置でした。

ー1区には留学生もいましたが

留学生が仕掛けてくると思っていました。スパートに反応するために頭を使うレースになりました。

ー自身のレースを振り返って

マークしていた東洋大とは6秒離されてしまいましたが、ラスト1キロで監督から「ラスト絞り出してこい」と言われて、持てる力を全て出しきれたのでよかったです。

ー青学大での思い出
4年間同期でやってきたことが全て思い出です。そんな仲間と最後箱根駅伝という夢の舞台で戦えたことが最高でした。

 

2区 梶谷瑠哉選手(教4)

―2区起用はいつ頃決まりましたか?

12月に森田があまり走れていなくて、そのタイミングで「2区いける覚悟もしていけ」と言われていたので12月入ってからです。

―2区出走への想い

2区事自体はやってみたいという思いがあったが、実力が伴っていなかったのでなかなか狙える区間ではなかったので、このタイミングで走れるということは少し嬉しさもあったり、不安もあったりしました。

―レースプランについて

森田が3区にいたので、とりあえず前の見える位置で持っていくということが自分の仕事だったので最低でも前が見える30~40秒あたりで行きたかったので、あと30秒くらい絞れていればもっと森田を楽にさせることができたのかなと思います。

―自己評価

自分の走りとしては60点くらいかなと思います。合格点まではいかないけれど、最低ラインぎりぎりかなという感じです。

―エース区間起用について

自分自身はかなり不安が多い部分があったので走れるのかなというのが率直な感想なんですけど、当日はビビらずに走ろうという覚悟で臨みました。

―レース中の「ペースメーカーになるな」という監督の指示について

僕は(前の人に)ついて走ることが得意なのでペースメーカーにならずに他のチームのエースについていけという指示だったんですけど、なかなか前に出てもらえずにペースメーカーという感じになってしまって監督の指示とは違ってしまった。

―4年間で一番の思い出(プライベート)

寮生活です。チームメイトと過ごした量での4年間は本当に思い出が残っています。

―4年間で1番の思い出(競技)

自分が一番成長できたのがこの箱根駅伝で、一番悔しい思いをしたのもこの箱根駅伝でもあった。その悔しさが成長につながったので、この箱根駅伝が競技の面で一番成長させてくれたのかなと思います。

―来季実業団での競技生活への抱負

青学では選手層が厚い分、なかなかエースにはなれなかったので、やはりスバルではしっかり主力・エースになれるように頑張っていきたいです。

 

3区 森田歩希選手(社4)

-往路6位、復路5連覇、総合準Vという結果に対して
全員がちゃんとここまで準備してきて、当日のアクシデントはあったんですけど、その上で全員が全力で走った上での結果なので、悔しいことは悔しいですけど、悔いはないかなと思っています。

ー8位でタスキを受けた時の心境
(2区の)梶谷は大変な区間だったので先頭と1分差くらいで来るかなと思って、そのくらいで来てくれたので自分としては想定通りでした。自分のところでしっかりとトップに立とうと思って走りました。

ーレースプランは
前半10㌔は下りなのでタイムを気にしないで比較的速いペースで走っていって、後半10㌔をどれだけ動かしていけるかというのが大事だと思ったので、そこで後半10㌔をいいラップで刻めたのはよかったかなと思っています。

ーケガの状況
11月の下旬に少し股関節を痛めて、1週間くらいで直ったので、12月の中旬からは全体と同じような練習ができたいたので、そこまでは大事には至らなかったという感じです。
(そのケガがあった時に2区ではなく3区を走ることになったか?)そうですね、そこで強化練習があってそれが出来なかったので、タフな2区より比較的走りやすい3区ということになりました。

ー主将として、学生として最後の大会。どんな気持ちで臨んだか
最後ということもあったので、悔いのないように走りたいと思いました。終わった今の感想は、『ああ、終わってしまったな』というか、4年間早かったなという気持ちが大きいです。

ー後輩へ向けてメッセージ
来年東海大学さんも(今回出走した10人から)2人しか抜けなくてきついことになると思うんですけど、その中で全員がしっかりいい状態で戦えれば十分戦えると思うので、自分の力を信じてみんなでやってほしいなと思います。

ー今後の意気込み
実業団で自分の目標をしっかりと達成して、青学大OBとして青学大を勢いづけるような走りをしていきたいと思います。

 

4区 岩見秀哉選手(教2)

―箱根駅伝を振り返って

初めからきつい走りになってしまって、今までに経験したことのないたくさんの応援があったんですけど、自分の実力のなさでチームだったり応援してくれた人たちに申し訳ない結果となってしまいました。

―レースプランについて

監督や小野田さんや林さんなどにのびのびと走っていいと言われてたので自分のペースで走ろうと思っていたんですが、東洋大の選手が本当に早くて自分が予想していたペースよりと違う走りになってしまいました。

―東洋大・相沢選手に追いつかれたときの気持ち

速い選手だったので追いつかれるとは思っていたんですけど、前に行かれた時に本当に速くて、少し焦ってしまいました。

―その後走っていく中での気持ちの変化

本当にきつかったんですけど、自分が少しでも早くタスキをつなぐことが優勝につながると思ったので気持ちでは折れずに走れたんですけど、身体が付いてこなかったです。

―5区竹石選手にどんな気持ちでタスキを渡しましたか

竹石さんはすごくて尊敬できる先輩なので、竹石さんだったらやってくれると思ってタスキを渡しました。

―来年度に向けて

今回の箱根駅伝で実力がないことが分かったので、今の自分よりもかなり強くならないとチームに優勝を導くことが出来ないと思うので、日頃の一つ一つの練習だったり試合から結果にこだわって、自己ベストを出すだけではなくてタイム以上の力をつけていきたいです。

―来年度どんな姿で後輩たちを引っ張っていきたいですか

今年の4年生が走力だけでなく私生活から自分たち後輩を引っ張ってくださって、のびのびとさせていただいたので今の4年生のような陸上の力と私生活でも信頼できる先輩となって後輩たちがのびのびとやってくれるような先輩になりたいです。

 

5区 竹石尚人選手(総3)

―箱根駅伝を振り返って

昨年以上の走りをするために、1年間色々な練習をしてきたんですけど、その結果が今回の走りなので、もう1回意識であったり練習内容であったりを一から考えなおしていかないといけないな、と思いました。

―レース前の体調、精神的なコンディションは?

身体自体は万全でした。走ってみて、上りに入ったところで足が動かなくなってしまったので、事前の問題はなかったです。

―レースプランについて、3分半を追う展開となりましたが

自分としては、復路が強い選手ばかりなので、少しでも差を縮めて渡せればいいな、という気持ちだったので、メンタル面とかも問題はなかったです。

―「2回目の5区は難しい」といわれますが、前回と違うものはありましたか

正直、「いけるかな」という自信はありましたし、やっぱり山に対しても覚悟が足りなかったかな、という風に思います。

―来年度の箱根駅伝に向けて最後の1年をどう過ごしたいですか

4年生になるので、本当に今年の4年生が1年間背中で引っ張ってくれたので、自分もそのような姿を見せられるように、気持ちを切り替えてやっていきたいです。

 

6区 小野田勇次選手(営4)

―どのような思いで走りましたか

勝負所とかもわかっていたので気負うことなく成長させてくれた舞台でしっかり結果を残そうと思って走っていました。

―1番思い出として残っている山下りについて

今回ですかね。今回追う展開でこれだけのタイムを出せたっていうのは本当に自分の中でもびっくりしているし、自信にもなるのでこれからの競技生活にも生かしていきたいと思います。

―往路の結果を踏まえてどのような心境で走ろうと思っていましたか

5分30秒という差でしたけど復路で逆転を狙っていたので僕のところから少しずつ差を詰めていこうと考えていました。

―前との差が中々縮まらなかったと思うのですがその時の心境は

追いかける展開の難しさっていうのは感じましたし、前と追いつかないというところで精神的にもかなりきつい状況で走っていたので、このタイムが出てほっとしています。

―前に行く東海大と東洋大は見えないという状況でしたが、その難しさは

見えないですけどチームメイトの計測があったのでタイム差というのはわかっていたので前と戦うことはできていたのではないかと思います。

―4年間で成長したと思う点

レース中でも粘ることができるようになったのかなと思います。高校時代では一回ペースが落ちてしまったらなかなか上がらなかったんですけど、今回や、箱根を通して後半しっかり上げることのできる状況になったのでそこが成長したのかと思います。

―4年間を通して青学大の生活でプライベートで何か思い出に残っていることは

プライベート・・・(笑)プライベートは特にないですかね(笑)なんかあったかな・・・特に何もなかったですかね(笑)

―4年間の競技生活を通して一番思い出に残っているレース

昨年度の全日本大学駅伝で一度も先頭争いに絡むことなく終えてしまって、そこで箱根駅伝では絶対に勝つというチームの一体感が生まれた試合だったのですごく印象に残っています。

―4年生の仲間に向けての言葉

同期が強い分切磋琢磨して上を目指せたのでこのチームで本当にやっていけて良かったと思います。

 

7区 林奎介選手(機4)

―箱根駅伝を振り返ってチームと個人で一言

チームとしては3冠5連覇というのを目標にしていただけあって、かなり悔しい結果になってしまったのですが、往路で遅れた分、復路は新記録を達成することができたので最後まで諦めずにチームとしてよい走りが出来たのではないかと思います。
個人としても去年の走りもあってプレッシャーはあったのですが、その中でも去年の走りに2秒及ばずでしたがよい走りが出来て次の区間につなげられたことはよかったと思います。

―大磯で森田主将や竹石などが応援に駆けつけていましたが、仲間の応援は励みになりましたか

最初からいることはわかっていたので、そこまで頑張ろうと思って走っていたので、本当に良い場所にいてくれたなと思います。

―Twitterなどで森田主将にいじられていましたが、特に4年生の仲間からレース前に声掛けはあったのでしょうか?

レース前は「61分台出せよ」という冷やかし程度の言葉をかけられました(笑)
区間新出せよと言われていたのですが、結果東海大さんも早くてそこまで追いつくことができなくてタイムがちょっと残念ですけど……

―往路の結果を踏まえてどんなレースにしようと思っていましたか

あまり気負わずにペース配分をしようと思っていたのですが、(序盤に)身体が思った以上動いてしまってハイペースで突っ込んでしまったので、もう少し気持ちを落ち着けて入りたかったと思います。

―4年間の思い出

色々あるのですが…やはり仲間と過ごした寮生活が一番ですね。

 

8区 飯田貴之選手(総1)

―どのような気持ちで挑みましたか

昨日の往路が厳しい展開となって5分30秒差がついてしまったんですけど、昨年青学大は復路で5分30秒差で東洋大学に勝ったというデータがあったので、逆転できるチャンスはあると思っていました。なので、復路の5人で少しずつ詰めて逆転しようという気持ちで挑みました。

―往路の結果を受けて、落ち込んだりすることはありましたか

落ち込んだりすることは全然なくて、むしろ自分は先頭で走ることもそうなんですけど、追う展開でも自分は突っ込む走る走りができると思っていたので、その展開を逆に楽しんで来年以降に繋げようと思って走りました。

―8区を走ることが決まったのは?

12月31日の大晦日です。

―先輩の下田裕太選手(現GMOアスリーツ)を意識することはありましたか

昨年までは下田さんが3年間走ってきた区間で、タイム的には3年間のデータが残っていたのでそのデータを参考にして、15キロまでは下田さんと同じペースで絶対行って、あとは粘るだけだと思っていました。15キロまではほとんど同じペースで行けたんですけど、やっぱり遊行寺の坂の粘りっていうのが下田さんよりはちょっと劣ってしまったので、タイムはその分遅くなってしまいました。

―最後にスピードが落ちたことについて

そうですね、10キロの時点で結構余裕が無くてきついなと感じたんですけど、やっぱり箱根駅伝なので沿道での応援がすごくたくさんあって、15キロまでの5キロはなんとか自分のペースを保つことができました。でも、15キロからは上りなのでいっきに走り方が変わって、そこで少しリズムが崩れたのがタイムが遅くなった要因だったと思います。

―下田さんのTwitterはご覧になりましたか(下田さんが飯田選手についてツイートを行った)

はい、見ました。(学年が)被ってはいないんですけど、やっぱり偉大な先輩ですごく尊敬しているので、そういう風に自分の走りを観てくれていたこともうれしいですし、気にかけてくれたことが本当にうれしいです。

―箱根を終えて、新たにできた目標があれば教えてください

今回の箱根は本当に繋ぐという走りしかできなかったんですけど、3区で森田さんの走りを観ているので、来年以降はそのような攻めの走りというか、ゲームを振出しに戻したり、決定づけたりする走りができる選手になりたいです。

 

9区 𠮷田圭太選手(地2)

―今日の走りを振り返って

4年生がいい走りをしてくれて、足を引っ張るわけにはいかないなと思って走って、区間賞をとれて良かったです。区間新を狙えるペースで走って後半粘ろうっていうプランを立てていて、走り自体はプラン通りにできました。

―3大駅伝全て区間賞を獲得したことについて

もともと区間賞は狙っていて、優勝するためにも区間新も目指していたんですけど、やっぱりまだまだ力不足で出すことができませんでした。自分は駅伝が得意じゃなかったんですけど、3大駅伝ですべて区間賞をとることができたのは自信になりました。

―往路の結果を受けて

正直ショックのほうが大きかったんですけど、気持ちを切り替えてできることだけやって逆転狙っていこうと思って走りました。

―今後の意気込み

4年生に育てていただいたので、4年生最後優勝してもらいたかったっていう気持ちがあって、報告会の姿を見たら涙が出ました。来年からは今の強い4年生はいなくなってしまうので自分がエースになれるように、自分が主要区間を走って区間賞をとることができるように頑張りたいと思います。

 

10区 鈴木塁人選手(総3)

-往路が終わった時点で復路に向けての心境

往路が終わったときには正直ビックリしました。4区5区普通に走れると思っていたので、任せっきりになってたわけじゃないですけどそういう気持ちがありました。なので復路組で一丸となってやるしかない、復路組全員が復路新・区間新を狙うつもりで勝つぞというエンジンを組んでから出発しました。

-8区を走ると言われていたが10区に変更に至った経緯

大晦日に監督から10区にいってくれと言われるまでずっと8区を走る予定でした。しかし、アンカーが固定していない状況でした。そこで飯田が上りもしっかり走れるということ、そして僕が最後アンカー勝負になってもいいようにということで区間が逆になりました。なので、僕がアンカーに行くことによって力のある飯田が気楽に走れると思っていました。

-これからの意気込み

強い先輩たちと一緒にやってきて、色々良いものを吸収できたと思います。特に4年生は強い組織づくりがしっかりできていたのでそれを吸収してきました。なので全員でコミュニケーションをとって、今回の箱根の反省を話し合って活かしたい。そのため、新チームになってからの最初のミーティングが大切になります。チーム全員で熱心に取り組み、来年の目標を明確にしたいです。個人としても三大駅伝全てで区間賞を取るつもりで準備します。

 

箱根駅伝を走った10人の選手たち
4年生の皆さんと原監督、美穂さん